イギリスBBC制作 タバコ戦争 NHKBS放映日本版全文

日本での放映日 (クリックするとその回の先頭にジャンプします)
2000/ 8/19(土)NHKBS BBCワールド「タバコ戦争」1.タバコの歴史(Lightening Up)
2000/ 8/26(土)NHKBS BBCワールド「タバコ戦争」2.タバコとガン(Smokescreen)
2000/ 9/ 2(土)NHKBS BBCワールド「タバコ戦争」3.煙たがられるタバコ(Smoking Out)

BBCワールド「タバコ戦争」
1.タバコの歴史(Lightening Up)
2000.8.19

タイトルアナウンス:BBCワールド、ロンドンからお送りしています。
ナレーター:1907年、アメリカ・ケンタッキー。タバコ業界を独占していたいわゆる「タバコ王」に対する反乱が起きました。タバコ王は冷酷な形で価格を固定し、農園主らの忍耐も限界に達しました。このため彼らは破壊行為に乗り出したのです。これは一見、戦争ともいえます。しかし大量生産でのし上がった業界の幹部に対する初めての闘いでもありました。
マイヤーズ(活動家):この50年を振り返ってみても、タバコ業界のふるまいは、企業の無責任さの歴史上最悪の例です。
ムーア検事総長:アメリカ史上、最も無責任なものです。
バレット弁護士:最低です。
マイスター(元喫煙調査委員):タバコ業界はテロリストです。「殺人者」のレッテルをはるべきです。
クープ(元公衆衛生局長官):2025年までに5億人がタバコで死ぬことになり、これはベトナム戦争が27年間続くか、またはタイタニック号が27分ごとに27年間沈没し続けることに相当するんです。

タイトルアナウンス:「タバコ戦争 〜タバコの歴史〜」

ナレーター:タバコは20世紀で最も成功した商品といえるでしょう。今世紀最大の死因をもたらしたものであり、一方で多額の利益を生み出しています。タバコ会社は巨大化し、自ら築いた富を頑なに守ろうと闘っているのです。
ブラウン&ウイリアムソンタバコのベクソン マーケティング部長です。
ベクソン:タバコを吸うという選択をしているのは大人です。彼らはただ吸いたいから吸っているんです。
ナレーター:同社のブルックス会長です。
ブルックス:喫煙者の数というのはクリントン支持者より多く、喫煙がごく一部の楽しみとは言えません。
ナレーター:RJレイノルズのブリクスト副社長です。
ブリクスト:これは業界つぶしですよ。
ナレーター:タバコ農家のトンプソンさんです。
トンプソン:かつてない量のタバコが売れています。数はどんどん増え続けているんです。それでじゅうぶんですよ。
ナレーター:タバコを吸うということとは、タバコの葉に含まれているニコチンを体に吸収することです。イギリスの探検家ローリーが「忌まわしい雑草だ」とされた、このタバコを伝えました。タバコにはさまざまなたしなみ方がありますが、紙巻きタバコは特別でした。
フィリップモリスの元研究員、ファローン博士です。
ファローン博士:葉巻やパイプなどに比べてニコチンを吸収するのが簡単なんです。それが紙巻きタバコの成功の秘訣だったと思います。いわば特殊な形で「薬」を摂取するようなもので、人々にとって紙巻きタバコは「ニコチン注射」のような存在だったんです。肺に吸収することで快感がすぐに得られるんです。わずか3秒から8秒ぐらいまでという速さですから、他の薬と比べても即効性がありますね。タバコに火をつけて吸う。するとすぐ感じますよ。
ナレーター:紙巻きタバコは20世紀の象徴であり、葉巻などと比べて手早く簡単に吸えるため人々は魅了されました。紙巻きタバコは業界の「ファーストフード」ともいえるでしょう。しかし、近代的な紙巻きの味のなかで、本来のタバコはごく一部を占めるにすぎません。
ファローン博士:最近のタバコの味はとても複雑で、砂糖やワイン、チョコレートやハーブといったものまで含まれています。タバコに火をつけると8000種類以上の物質が抽出され、それらを適度な比率で人体に吸収させるのが各社の腕の見せ所なんです。
ナレーター:業界の規模はおよそ20兆円まで上り、これは石油や自動車業界と並びます。ノースカロライナでは多額の利益が発生しています。100年前はごくありふれた田舎でしたが、タバコの人気が広まるにつれ、アメリカ南部の街はタバコで栄えるようになりました。ダラムもそのひとつです。しかし、ここもタバコ戦争に巻き込まれました。
同上:危険な時代でしたね。タバコ農家は一般市民を恐怖に陥れていたんです。
ナレーター:タバコ農家自体、固定価格に抗議していました。倉庫などは放火され、抗議運動に反対するものは殺害されました。南北戦争や1960年代の人種差別反対運動に準じる、し烈な抗争だったといえるでしょう。
農家が標的にしたのはジェームズ・バック・デューク。タバコ業界の先駆者でした。紙巻きタバコの大量生産を導入したのもデュークです。
この機械は1分当たり200本のタバコを生産しました。大量生産が軌道に乗るにつれ、デュークはタバコの営業に取り組むようになりました。デュークをはじめ、業界はタバコが食品や薬のように規制されることを避けようとしました。このため、タバコは政府の規制を逃れることができたのです。
ファローン博士:世界各国の政府はタバコの安全性には目をつぶり、特別扱いしました。これは他の業界とはまったく異なります。例えば石けんでさえ、皮膚がむけないかどうかテストしてから売り出されますよね。人間の肌に触れる商品は必ず安全テストを経てから店頭に並びますが、タバコはそうではないんです。
ナレーター:規制がほとんどない一方で、ニコチンは大量に摂取すれば致命的ともいえるほど有害です。
ここでは脳内のニコチンが黄色と赤い点で示されています。ニコチンはドーパミンという神経伝達物質の経路を刺激するほか、意識を覚醒(かくせい)する他の部分も刺激します。
ファローン博士:タバコを吸うとニコチンは脳の中枢神経に到達します。これにより、リラックス作用が起きるだけでなく、刺激と抑うつの両方がもたらされるんです。

ナレーター:第一次世界大戦で喫煙の形態が劇的に変わりました。イギリス兵は毎週50本のタバコを支給され、簡単に吸える紙巻きタバコは兵士の士気高揚になくてはならないものとなったのです。
当時、陸軍工兵隊員だったヘイルストラップさんです。
ヘイルストラップ:タバコが吸えることはみんなにとって大きな励みになりました。毎日塹壕(ざんごう)の中で泥だらけになって戦っていましたし、何が起きてもおかしくない状況でしたから、我々にとってタバコは本当に楽しみだったんです。塹壕から出て突撃する直前には、みんなタバコを胸いっぱいふかすんですよ。そして吸い差しを投げ捨てて突撃していったものです。突撃には欠かせないものでした。タバコを吸う前にはどうしようもなく取り乱していた連中が、一服やったとたんに腹が据わってくるんです。はたから見ていてもそれがよくわかりました。

ナレーター:1920年代、女性の喫煙は、はしたないと思われていました。
ヘイルストラップ:当時女性がタバコを吸うというのはほんとうに珍しいことで、それでも勇敢に吸う人はいましたね。吸う人なんてめったにいませんでしたから、女性の喫煙者は一段低く見られていました。
ナレーター:世間の目は冷たいものでした。
英国医学協会のバーンズ元会長です。
バーンズ:吸っているところだけは見られないように、ずいぶん気を遣いました。一人でいるときしか吸わなかったですね。
ナレーター:業界は女性の喫煙者を増やそうと躍起になっていました。
1929年当時、ニューヨークで広告代理店に勤めていたバーネーズさんです。
バーネーズ:あるとき、アメリカンタバコのヒル社長が「我々は顧客を倍に増やせるチャンスを見逃している」と言いました。その理由を尋ねると、「男性は女性が公の場で吸うのを嫌っている」と答えたんです。「このタブーをどうすれば打ち破れるか」とわたしに相談してきました。
ナレーター:20年代の女性の中には、タバコを「新たに獲得した“解放”」ととらえるものもいました。業界はここに目をつけ、タバコを「自由へのともしび」と位置づけてキャンペーンを展開しました。
バーネーズ:そこでわたしは友達に頼み、イースターパレードで「自由へのともしび」を求めるデモをしてもらいました。男性が作り上げたタブーに抗議するよう頼んだんです。
ナレーター:これはマスコミにも採り上げられました。業界は女性に対し「食欲を抑える」とのうたい文句を掲げ、真剣に売り込むようになったのです。アメリカンタバコの「ラッキーストライク」がこれを先導しました。
ウィーバー元広告部長です。
ウィーバー:「お菓子の代わりにラッキーストライクを」というのが売りでした。お菓子なら太るかもしれませんが、タバコなら太らないという考えだったんです。
ナレーター:映画が栄えた1930年代、映画館は絶好の広告場所でした。タバコ会社はそれぞれ映画館専用の広告を作りましたが、それ以上に映画俳優の影響は絶大でした。タバコ会社はクラーク・ゲーブルなどの大物俳優に目をつけ、映画の中でタバコが映るようにと、たくさんのタバコを進呈したのです。
ウィーバー:当時はみんなが吸っていましたから、いかに自社ブランド、つまりラッキーストライクを映像にとらえてもらうかが肝心だったんです。ラッキーストライクだとわかってもらう必要がありました。クラーク・ゲーブルのような大スターが我々の差し上げたタバコを喜んでいたんですから、驚きましたね。どんなにギャラをもらっていても、ただでタバコをもらえるというのは彼らにとって大きかったようですよ。

<Part2>
ナレーター:しかし、1930年代後半になると肺ガンを患った患者が激増し、二人のアメリカ人外科医が警鐘を鳴らします。
デベイキー博士:当時最も多かったのは胃ガンでしたが、肺ガンはそれを上回る勢いでした。1912年から1939年までのわずか二十数年の間に、肺ガンは非常に珍しい病気から最も一般的な病気になってしまったのです。これにはわたしたちも驚きました。
ナレーター:マイケル・デベイキー博士は、現在は心臓外科医の世界的な権威です。博士は肺ガンとタバコの関連性に気づきました。
デベイキー博士:二人の女性を除いて、肺ガン患者のほとんど全員がヘビースモーカーでした。
ナレーター:デベイキー博士の同僚は公衆衛生局長官や医学界に訴えましたが、耳を貸す者はいませんでした。
デベイキー博士:だれも真剣に取り合ってくれませんでした。確固たる証拠を持っていたのに信じてもらえなかったのは残念でなりません。タバコが健康に悪いという考えは世間には通用しませんでした。みんながタバコを吸っていた時代ですから。
ナレーター:第二次大戦中、紙巻きタバコの習慣は爆発的に広がりました。イギリスはアメリカと取り引きし、戦費を超える予算をタバコの購入に当てたほどでした。
ブリティッシュアメリカンタバコのダンカン・オッペンハイム元会長です。
オッペンハイム:戦時中、タバコは兵士の志気を高める上できわめて重要な役割がありました。どの戦艦にも大量のタバコが積み込まれ、兵士一人一人にタバコが配給されたのです。タバコがあったから戦い続けることができたのです。
ナレーター:イギリス政府がドイツ軍の侵攻に備えていたころも、タバコは首脳たちの頭から離れませんでした。チャーチル首相とその側近たちは、政府の大本営で戦争を指揮しました。タバコの供給を維持することが、作戦上何よりも優先されました。タバコは軍隊だけでなく、国内の民間人にとっても必需品だとの認識からです。ドイツ軍による侵攻など有事の際には、国民一人当たり週45本のタバコを配給するという秘密の計画がここで練られました。
戦時中、イギリスでタバコは配給制にこそならなかったものの、大量に不足しました。タバコは一種の貨幣として流通し、タバコを商売にして大もうけする者も出てきました。
フレーザー:タバコは金(きん)と同じくらいに価値がありました。何百本、何千本と盗んできては、それを高く売りつけました。買い手はいくらでも金を出しましたしね。
ナレーター:フランキー・フレーザーさんはタバコを盗んだ罪で、三年半、刑務所に入れられました。戦時中はまだ十代の少年でしたが、タバコの価値を理解していました。
フレーザー:毎日、爆撃や空襲におびえながら生きていく暗い時代だったから、みんなタバコを吸っていました。女性さえも、夫を兵隊に取られて、タバコで気を晴らしていましたよ。わたしにとってはいい時代でしたね。ヒットラーが降参しなければよかったのに、と思いますよ。
タバコはわたしの親友でした。タバコに感謝です。
ナレーター:第二次大戦は、ラッキーストライクなどアメリカのブランドを世界各地に広めました。アメリカ軍が駐屯した所にはすべてタバコも浸透しました。タバコはヒットラーのドイツにも入り込んだほどです。ドイツ軍の兵士までもアメリカのタバコや葉巻に夢中になりました。
終戦のころにはイギリスの男性の82%がタバコの喫煙者でした。帰還した兵士にはお菓子といっしょにタバコが配られました。
しかしこのころ、兵士たちはまだ肺ガンという恐ろしい病気のことは知りませんでした。
イギリス政府の医療関係者たちは、男性の間で肺ガンが異常に発生していることに気づきました。肺ガンは40年間で50倍も増え、その数は前立腺ガンや胃ガンを超えてしまったのです。しかし、肺ガンが急増する原因はわかりませんでした。
肺ガンの原因を調べる任務を与えられたのは、医学統計学者で、自身もスモーカーだったリチャード・ドル氏です。当時はちょうど自動車が普及し始め、肺ガンの原因は排気ガスによる大気汚染ではないかと言われていました。
ドル:まず最初に考えたのが自動車と、道路に塗るコールタールでした。研究を始める前だったら、絶対これに賭けたでしょう。
ナレーター:しかし、入院患者5000人を調べた結果、ドル氏はタバコと肺ガンの因果関係を突き止めたのです。
ドル:この二つには深い相関関係があり、わたし自身、タバコを吸うのをやめたほどです。一日25本以上タバコを吸う人が肺ガンになる確率は、タバコを吸わない人の30倍という結果が出ました。
我々の結論は、肺ガンの直接の原因はタバコだということでした。
オッペンハイム:タバコが健康に有害だとはまったく思っていなかったのでショックでした。この研究結果を初めは信じることができませんでした。
ナレーター:タバコ会社の元役員、トニー・ファンデンベルグ氏です。
ファンデンベルグ:この報告書を読みました。わたしの周囲の人間は報告書に反発しましたが、わたし自身は「殺人行為以外の何ものでもない」と自分たちがしていることについて深く反省しました。初めはみんなもわたしと同じように心配すると思っていましたが、実際はその逆でした。
「これは真実か。もし真実ならば何をすべきなのか」「報告書に反駁(はんばく)するための調査研究を実行するのか、新しい種類のタバコを開発するのか」といった反応を期待していたのに、ほかの人たちの考えていたのは「どうやって報告書を葬るか」でした。
ナレーター:プレイヤーズを製造するイギリス最大手のタバコメーカー、インペリアルタバコは、ドル氏の報告書に対し、論戦を挑みました。
オッペンハイム:インペリアルタバコは、我々の見解とはかなり違いました。彼らは「ドル氏の報告書はうそであり、何もしなくてもいい」という態度をとっていました。一方我々のほうはもう少し寛容でした。
ナレーター:インペリアルタバコのアンドュー・リード元会長です。
リード:我が社の方針は「自分たちはタバコメーカーである以上、医学的な判断を下す資格はない」ということです。これを貫いたのは正しかったと今でも確信しています。ですから、医学的な発言をする立場にはないのです。
タイトルアナウンス:この続きはお知らせの後で。

タイトルアナウンス:「タバコ戦争」
ナレーター:仮設病院の庭で、医師や看護婦が、次の急患が来るまでの間、一時の休息をとっています。
1950年代、多くの医師がタバコを吸っていました。中には「タバコはストレスを軽減する」と言ってタバコの効用を強調する医師もいたのです。
タバコ業界はタバコの宣伝に医者を登場させて「タバコは喉の炎症を和らげる」などと言わせ、大衆の不安をかき消そうとしました。また、医学界に圧力をかけ、肺ガンとタバコの因果関係を否定させました。
ファンデンベルグ:一般消費者の信用を失うことだけは避ける必要がありました。我々は名の通った医師を買収して、タバコにマイナスになることが発表される度に「これはまだ証明されたわけではない」「単なる仮説にすぎない」「恐怖心をかき立てているだけだ」などと新聞に書かせたのです。
ナレーター:戦後の消費社会をおう歌していたアメリカ人は、まだタバコの健康への脅威に気づいていませんでした。
ジャネット・サックマンさんは17歳のときにタバコの宣伝に関わり、そのため自分の健康を損ねてしまいました。
サックマン:まだ十代のころですが、浜辺で遊んでいたら男の人が寄ってきて、モデルにならないかと誘ってきたんです。
ナレーター:ラッキーストライクのプロモーションガールに採用されたジャネットさんは、仕事の関係上、タバコを吸い始めるようになります。
サックマン:タバコ会社の人に「タバコを吸うのか」と聞かれたので「吸わない」と答えると、「タバコを宣伝する以上、自分も吸っていないと様にならないだろう」と言われました。それが吸い始めでした。
ナレーター:ジャネットさんは、一日35本吸うようになります。
サックマン:みんな吸っていたし、タバコの害について何の知識もありませんでした。

ナレーター:しかし、それも変わろうとしていました。
1953年12月15日、ニューヨーク。アメリカのタバコ業界に危機が迫ってきたのです。タバコメーカーの首脳らは、マンハッタンにあるプラザホテルに秘密の会談のため集まりました。タバコの売り上げが激減し、その影響はタバコ産業全体を揺るがしました。
「タバコがガンを引き起こす」というニュースが発表されたのです。
ブラウン&ウイリアムソンタバコのアーネスト・ペプルズ副社長です。
ペプルズ:もはや、科学的に反論する余地はありませんでした。このニュースがあまりにも大きく採り上げられてしまったため、タバコ業界は一致団結してこれに対抗することにしたのです。
ナレーター:業界は健康有害説を否定しました。そしてアメリカ全国の新聞に、タバコ業界から国民に向けた声明書を発表しました。こうして、史上最長かつ最大のPR作戦が始まったのです。
タバコ調査委員会のティモシー・ハートネット元委員長です。
ハートネット:タバコ業界には、業界の利益よりも国民の健康を優先する義務があります。
ナレーター:タバコ業界は、タバコの影響に関する科学的研究を助成します。しかし、業界には別のもくろみがありました。
タバコの研究者、ゲーリー・フーバー博士です。
フーバー博士:業界の目的は、情報操作でした。1950年代、業界は当局の規制をできるかぎり引き延ばし、被害者からの訴訟をかわす長期的な計画を練り上げていたんです。
ナレーター:業界は、大衆の不安にかんがみてフィルター付のタバコを開発しました。フィルターの目的は、タバコに含まれるニコチンやタールから喫煙者を守ることでした。
イギリスでは、ロスマンが他社に先駆け、フィルタータバコを発売しました。
エドワード・ウッドワード氏です。
ウッドワード:フィルターの登場は、タバコの歴史で画期的な出来事でした。これで人々は安心したのです。
ナレーター:しかし、フィルターが実際、健康にいいという証拠はありませんでした。フィルターは、タバコのイメージアップの手段でしかなかったのです。
市場調査専門家のフリッツ・ガハガン氏です。
ガハガン:フィルターはマーケティングの手段であり、健康の手段ではありませんでした。
ナレーター:スティーブ・マクイーンが、バイスロイのフィルタータバコを宣伝しています。
ナレーター:フィルター付きのタバコのタールの量を量るため、機械が導入されました。しかし、この機械は当てになりませんでした。また、たとえフィルターにタールの吸引量を抑える効果があったとしても、喫煙者はそれを相殺してしまっていたのです。
ファローン博士:タールの量を減らすことはいいことですが、政府の実験でそういう結果が出たからといって、消費者が政府の望むような吸い方をするとは限りません。タールの少ないタバコを吸う人たちは、深くそして長く吸うことによって、けっきょく普通のタバコと同じ量のタールやニコチンを吸収しているんです。
フーバー博士:しかしこのとき、煙の吸い方も変わったため、それによって引き起こされる病気の種類も変わりました。
ファローン博士:フィリップモリス社にはこの新しい喫煙方法を映したビデオがあります。わずか1分でタバコ1本を吸いきるため、体内に多くの成分が入り込むのです。
フーバー博士:肺気腫にかかる人がこの20年間で急増しています。タールとニコチン成分の減少により、かえって煙を肺の奥深くまで吸い込んでいるからです。
ナレーター:タバコ企業はその後、フィルターを用いて測定をごまかせることに気づきます。当時マーケティングの担当者だったガハガンさんは、その方法をタバコ企業に教えました。
ガハガン:「フィルターをいじればデータをごまかせる」と言いました。つまり通気孔を開けるのです。フィルター沿いに穴をあければ、測定器でデータを取るときは成分が通気孔から逃げますが、実際に人が吸うときは唇が穴をふさぐため成分が漏れないのです。
その結果、自分たちが思うよりも5倍強いタバコを吸うことになります。5倍ですよ、インチキですね。つまり、消費者をだまし討ちにしていたのです。
ナレーター:タバコ企業大手の戦略は成功しました。業界では「疑惑は広がったが、いじめ集団はいなくなった」とささやかれました。タバコ企業は危機を乗り越えたのです。
リード:タバコが吸えるのは世界が平和だからです。だれもがタバコを人生の喜びと感じていました。そして業界は当然のごとく潤ったのです。

ナレーター:インペリアルタバコ社の経理担当者が、日常業務である政府への消費税の小切手を振り出します。1950年代中頃には、タバコ税が福祉国家イギリスの大きな歳入源となっていました。
リード:タバコは、政府の歳入を増やすうえでたいせつな、また手っ取り早い方法だったんです。一日100万ポンドもの小切手を政府に振り出していたのを憶えています。タバコを輸入するにしても、小切手が税関に渡るまで国内への持ち込みはいっさいできませんでした。つまり、これは大きな収入源だったのです。
その意味で、大蔵省は現実的だったと思います。たばこ産業が繁栄してもかまわないという姿勢をとったのです。

M10:医学調査委員会が「タバコを吸うごとに寿命が短くなる」と警告しています。
イギリス保健省の記者会見場には、灰皿が席ごとに配られています。
ナレーター:イギリス政府は1957年になり、ようやく喫煙と肺ガンの関連性を認めます。しかし、タバコ業界はこれに反発し、喫煙の害を認めようとしません。
イギリス商務省の元顧問、マクスウェル氏です。
マクスウェル:研究の余地はまだありますね。個人的意見を言えば、喫煙を発ガン性物質と断定するのは勘違いもはなはだしいですね。いずれにしても、わたしの見解を示す機会を与えてくれたことに感謝します。
では、タバコを一本どうぞ。
ナレーター:しかし裏側では、まったく別のことが進行中でした。タバコ業界は50年代後半にはすでに、ネズミを使った実験で発ガン性を確認済みでした。ある企業はガンを「ゼファー」つまり「そよ風」といった暗号で表し、実験を完全な秘密にしていました。
ファンデンベルグ:タバコ業界が提出した研究報告なんて、作り話以外の何物でもありませんよ。文学賞に値しますよ、ほんとうに。
わたしたちの研究はあらゆる制限を受けました。研究内容がある一線を越えてしまい、それがタバコのイメージを汚しかねないものと判断された場合は、研究は直ちに中止されました。
ナレーター:タバコ企業が膨大なお金を費やしたのは、研究ではなく宣伝でした。タバコほど宣伝された商品はほかにありません。
リード:宣伝しないとブランドがつぶれてしまうんです。ブランドが生き残るにはどうしても必要だったんです。
ウッドワード:タバコはステータスだったのです。社会の地位を人々に与えたのです。
ナレーター:広告ディレクターのウオルディ氏です。
ウオルディ:タバコにイメージは不可欠です。男がタバコを買いに行くときは、すでにどのブランドを買うか決めているのです。
ウッドワード:タバコは偉大なる友です。
リード:タバコを吸う人の立場に立ってみて、このブランドこそ自分のものだと感じてもらわなければならないのです。
ガハガン:いったんブランドを決めると、だれもそれを変えません。宣伝のねらいはタバコを売ることだけではなく、人々の恐怖心を和らげることでした。
これが「だまし」かって?もちろんですよ。「死ぬかもしれませんが買ってください」なんて言えるはずがないじゃないですか。
ご存じのとおり、マルボロのモデルも肺ガンで亡くなりました。業界ではタバコを「カウボーイ殺し」と呼んでましたよ。
いかにセックスアピールするかも課題でした。タバコは性的魅力にあふれた商品ですからね。CM/バーの女性:話題になっているフィルター付きのタバコを一本くださる?
ウッドワード:タバコ企業はコマーシャル制作に限りなくお金を使いました。テレビの画面中にコマーシャルが流れてましたよ。
わたし自身、アムステルダムでコマーシャル出演を依頼され、ずいぶんお金を稼がせてもらいました。そのうえ、三カ月間はタバコをただでくれたんです。タバコがカートン単位で舞い込んできましたよ。こんな具合だったので、「これは高尚なものに違いない。危険などあるはずない」と思いましたね。
タバコ企業が巧みだったのは、非常に洗練されているもののようにタバコを演出したことです。まるで「金」を手にしたような気分にさせられましたね。
ウオルディ:だれもが憧れる「金」ですよ。そこにはロンドンのメイフェアやセントジェームズといった雰囲気があふれていて、イギリスの上流階級をそのまま反映しており、そのうえ最高級の素材「金」で見事にコーティングされている、といった感じでしたね。
そのイメージを持つタバコ・ブランドをバーカウンターに置いた瞬間、周りの人は「あ、上流階級の人だ」という反応を示したのです。
ナレーター:大西洋の両岸でタバコ企業による宣伝が人々に安堵(あんど)感を与える一方、タバコが有害であるとする研究結果が増えたため、政治家は対策を講じる必要に迫られました。
しかし、業界の権力基盤は政治機構の中に組み込まれていました。
タバコの葉がアメリカ連邦議会の隅々まで生い茂っていました。タバコ産業はかねてからアメリカ政治の中心的存在でした。タバコ企業はアメリカ連邦政府に対して絶大な影響力を持ち、今世紀を通じて議会と行政府に対するロビーイング活動により、規制を阻止し続けたのです。
しかし、1962年になるとケネディ大統領が委員会を招集し、喫煙と健康の関係についての調査が命じられました。ついにタバコ業界への挑戦が始まります。
ペプルス:政府と科学界が、合法的な製品に対して正面から向き合ったのです。これはタバコ業界にとっては脅威で、業界関係者の多くは、終わりが近づいたと感じました。
ナレーター:ケンタッキー州ルーイビルでは、業界代表の弁護士がかたずをのんで委員会からの結論を待っていました。業界側は秘密調査により、ニコチンの中毒性をすでに確認していたのです。ある業界幹部は「我々の商売は、中毒性のあるニコチンを売ることだ」と機密文書に書いています。この幹部は、自分の企業グループ、ブリティッシュアメリカンタバコに対して研究結果の開示を求めましたが、けっきょく企業側は委員会への証拠提出を控えました。
当時委員会のメンバーだったレマイスター氏です。
マイスター:企業側は委員会のメンバー選びにも関わったため、情報の共有という面で大いに貢献してくれると思っていましたが、けっきょく、企業側の言う「協調」「協力」は有言不実行となりました。
ナレーター:委員会での最大の論点は、ニコチンに中毒性があるか、単なる習慣かどうかでした。つまり、喫煙者がどれだけ自分の意志で喫煙したかが問題だったのです。委員の多くは、習慣以上のものがあると感じていました。
マイスター:間違いなく中毒性があると思ったので、中毒の定義が何であれ、これを単なる習慣と決めつけるのはあまりにも不公平だと思いましたね。わたしたちの報告書が出された翌年に、世界保健機関は中毒の定義を変更したので、今では、ニコチンは世界で最も中毒性のある物質という位置づけになっています。
ナレーター:業界は委員会のメンバー二人と深いつながりがありました。その一人が「中毒」に関する章を業界に配慮する形で記述しました。それでも委員会の結論は、業界にとって苦いものでした。
テリー元公衆衛生局長官です。
テリー:さまざまな所から出された証拠に基づき、当委員会は喫煙が特定の疾患による死亡に大きく関係し、死亡率全体を押し上げている、と結論づけます。
ナレーター:業界はこの結論を否定したものの、初めて公の場でタバコによる殺人行為が明らかになりました。
しかし、ラッキーストライクのイメージガールだったサックマンさんは、それでも吸い続けました。そしてその後、咽頭(いんとう)ガンにかかってしまいます。
現在では、ほかのガン患者に対し、発生装置を使わずに話す方法を指導しています。サックマンさんは肺ガンにもかかっています。
サックマン:タバコを吸い始めたときは、危険であるとはみじんも思っていませんでした。公衆衛生局長官の報告書が出されたときも耳を傾けませんでした。すでに中毒症状に陥っていて、止められなかったのです。
ナレーター:公衆衛生局長官の報告に対し、業界は一斉に反発し、弁護士を動員して秘密の委員会を作りました。
代表弁護士のデビッド・ハーディ氏は、業界を保護する措置を求め、タバコのパッケージに健康の注意書きを載せるという考えに注目します。
フーバー博士:長い間、タバコのパッケージには警告ラベルがありませんでした。これはタバコ会社が反対したためと見られていますが、実際はその逆だったのです。企業側はラベルを載せることによって時間を稼ぎたかったのです。業界代表弁護士のハーディ氏は、ラベルを最低10年、15年、あるいは20年付けさせてくれと訴えました。そうすることで、健康障害の責任を、業界から消費者に転嫁させることができたのです。
ブリクスト:これにより、消費者が企業を訴えても、消費者がじゅうぶんな警告を受けていなかった、あるいは喫煙の危険性を承知していなかった、という点が立証しづらくなりました。
ナレーター:業界の生き残りをかけた秘密作戦は、業界の勝利に終わりました。企業側を相手取って起こされた訴訟は、すべて原告側の敗訴に終わり、人々はタバコを吸い続けました。

マイスター:これはアメリカで発生し、世界中に広がった疫病です。組織的にそれを行ったのがタバコ企業です。
フーバー博士:越えてはならない一線を越え、決して後戻りすることのない、企業による背信行為です。
ペプルス:タバコ企業は、喫煙と健康問題の関連性を常に探し求めています。
ナレーター:タバコ業界は大敵に見舞われることなく、タバコ戦争を難なく生き抜いたのです。
CMの声:だれか火、貸してくれない?
CMの声:これは医学界のお墨付きです。
CMの声:のどに優しいですよ。
CMの声:これほど安全なタバコはありません。<終了>

BBCワールド「タバコ戦争」
2.タバコとガン(Smokescreen)
2000.8.26

ナレーター:1974年、アメリカ東海岸のメイン州から、タバコ会社の命を受けた2人の男がニューヨークに向かいます。
タバコの煙の与える影響を調べる動物実験を行っている科学者を訪れるためです。その使命は、論文から「ガン」の文字を削除させることでした。
ホンバーガー博士:嘆かわしい話です。世間を欺こうとしたのですから。許させることではありません。
ナレーター:大手タバコ会社は、あらゆる手を尽くして、タバコに関する真実が表ざたにならないよう画策していました。
バンザフ弁護士:都合の悪い情報はすべてもみ消そうとしました。医学を歪めることすらいとわなかったのです。
ナレーター:タバコ戦争は新たな局面を迎えていました。

タイトルアナウンス:「タバコ戦争 〜タバコとガン〜」
ナレーター:タバコが健康を害するということは、イギリスでもアメリカでも1960年代に政府も認める公認の事実となりました。
アメリカでは、公衆衛生局長官が発表に当たります。
アダムス1:喫煙が特定の疾患による死亡率、ひいては喫煙者全体の死亡率を高める、というのが本委員会の結論です。
ナレーター:それでも、一般の喫煙者は耳を貸そうとしませんでした。
ナレーター2:タバコ製造業者連合は、今年、売り上げが史上最高となったと発表しました。先日、喫煙が危険だという公式発表があったにも関わらず、売上本数は1億1300万に上ったということです。
ナレーター:それでもタバコ産業は、タバコが健康を害するという科学的な事実の与える影響を恐れ、真実をなるべく人の目に触れないようにし、その間に売れるだけのタバコを売っておこうと躍起になりました。しかし、これが泥沼の戦争につながってゆくことになります。
バンザフ弁護士:タバコ産業が長年とってきた戦略は、まさに良心のかけらもない、道徳にもとるものでした。違法ですらあったんです。
ペプルズ:関係者は「何も問題はない」と言い続けたんです。
バンザフ弁護士:政府や株主に情報を与えなかっただけではないんです。意図的にタバコの害を隠し、大衆を欺こうとしたんです。
アメリカ南部の一部地方では、タバコは単なる一産業ではありません。それは生活の基盤なのです。
ノースカロライナにあるウィンストン・セーラムなどは、町そのものがタバコに依存しているといえます。
60年代半ば、キャメルを作るRJレイノルズなどタバコの大手は、タバコの害を認めない一方で、ひそかに動物実験を進めるようになりました。
研究に当たったジョセフ・バンガーナーさんです。
バンガナー:純粋に科学的な研究として始まったんです。しかし、次第に経営側はおびえるようになりました。
ナレーター:RJレイノルズは、後にマウスハウスと呼ばれることになる研究所を町の中心に建てました。
バンガナー:動物を飼育する部屋がいくつかあり、そこにはタバコの煙を吐き出す、かなり大きな機械が設けられました。これで動物を煙にさらすわけです。当時はかなり進んだ装置だと考えられていたんです。
ナレーター:煙を吸うことで動物の健康にどのような影響が出るかを見、人間への影響を推測しようというものでした。
1970年には、喫煙と肺気腫との関連が浮かび上がってきました。
バンガナー:関連があるという裏付けが出てきました。病理学的な基準から見て、煙にさらされたウサギが肺気腫を発症することが、はっきり示されたんです。
ナレーター:RJレイノルズ本社では、マウスハウスでの実験の成り行きを、経営陣や法律顧問が注意深く見守っていました。研究が進むにつれ、その懸念は高まっていきます。
バンガナー:ある日、上役がやってきて研究所のノートをすべて回収するというんです。実験の結果やデータの解析結果がすべて記されていました。会社に悪影響のある可能性があるかどうか見るため、顧問弁護士が見たがっているという話でした。
ナレーター:後に研究チームは「ノートは不慮の事故により紛失した」と聞かされます。
バンガナー:二年半にわたる研究の成果が水の泡になったんです。
ナレーター:しかし、最悪の事態はこの後やってきました。研究員たちは経営陣に呼ばれます。
バンガナー:「生物学実験部門は閉鎖することになった」と言い、解雇される者の名を読み上げ始めました。わたしの名もありました。
ナレーター:RJレイノルズは「研究の方向性が変わったため」と説明しました。
バンガナー:何か不都合なことが見つかって、それで首になったんだと思いましたね。
ナレーター:RJレイノルズの顧問弁護士、チャールズ・ブリクストさんです。
ブリクスト弁護士:たしかにほかのやり方もあったでしょう。しかし、当時の状況では適切な判断だったと思います。
バンガナー:憤りを感じます。国民全体の健康に関わる情報だったんです。国民全体に知る権利があったはずです。
ナレーター:1970年、研究所は閉鎖されました。動物はおそらく殺されたのでしょう。
バンガーナーさんは今も、タバコ産業の研究活動など、とても信頼できるものではないと感じています。
バンガナー:恥ずべき汚点を残しました。欺まんであり、事実の隠ぺいであり、意図的に世論を操ろうとするものでした。自分たちの利益のためにです。
ナレーター:イギリスのタバコ産業による研究はより開かれた形で行われていました。
ここヨークシャー地方のハロゲートという町には、1964年に研究所が設けられました。タバコ会社が組織した、タバコ研究評議会という組織によって運営されています。
当時評議会のPR担当だった、イアン・アダムスさんです。
アダムス:ハロゲート研究所が設置されたのは、タバコの健康に与える影響に関して、会社側も真剣に受け止めているということを示すためでした。タバコ産業は、利益に影響が出る可能性があることをわかっていても、研究の結果を受け入れる姿勢を示したんです。
ナレーター:アメリカとは対照的に、ハロゲートの研究者たちは、当初からタバコが有害であると確信していました。
研究員だったフランシス・ローさんです。
ロー:ハロゲートの研究者たちは、タバコと呼吸器疾患との間につながりがあることを前提として受け入れていました。この問題に取り組み、何らかの有意義な答えを出すことが自分たちの仕事だと考えていたんです。
ナレーター:ハロゲートの研究者は特に、タールがどのようにしてガンを引き起こすのかに焦点を当てていました。
そこで、8000匹のマウスが集められ、タールをその体に塗るという実験が行われました。アメリカでも行われていた実験ですが、その規模は前代未聞でした。そしてこの後、これも初めて、タバコ産業自体が研究結果を認めることになるのです。
ロー:研究所で初めて実験動物の皮膚に腫瘍(しゅよう)が出来たとき、わたしはたまたまそこにいたんです。所長はずいぶん喜んで、お祝いのパーティーをすぐ開くよう、指示していました。
ナレーター:しかし、イギリスでタバコとガンのつながりを示す実験結果が出て、これが公になるということを知ったアメリカのタバコ産業は、決して喜んではいませんでした。
アダムス:アメリカのタバコ産業とも密に連絡を取っていたんですが、かなり困惑していたようでした。
ナレーター:アメリカからは、かなりの数の怒りの手紙が寄せられました。例えば、こんな内容です。
ナレーター2:このような報告がタバコ産業の内部からなされようとしていることには、困惑の念を禁じ得ない。我々としては、せめて発表の仕方について不利益を及ぼさない形になるよう、発言の機会が与えられることを希望する。
アダムス:アメリカ側は、タバコの有害性が揺るがぬものになることを恐れていました。もし別の国で有害との結果が出れば、その影響がアメリカに飛び火することは避けられないだろう、そうなれば大打撃を受けることは間違いないと考えていたんです。
ナレーター:アメリカ側からの圧力にもかかわらず、ハロゲートの動物実験の結果は公表されました。これでタバコ産業自体が、タールはガンの原因になりうることを認めることになったのです。
しかし、研究所は長続きしませんでした。設置から10年で研究所は身売りの憂き目に遭い、そのすぐ後、解体されることになります。
一方アメリカでは、タバコ会社が相変わらずマーケティングに全力を注ぎ、手段を選ばず、何とか売れるだけのタバコを売ろうと懸命になっていました。
CM/女:うれしそうね。
CM/男:美しい妻がいてケントがある。どんな男だって幸せになるさ。
ナレーター:その戦略の中心となったのは、テレビ広告でした。タバコ会社はゴールデンタイムの広告料や映画スターの出演料に何百万ドルという大金をつぎ込み、テレビは広告戦争の場になっていきます。
CM:一度吸ったらやめられない味。
CM:食べることは忘れても、タバコだけは忘れない。
CM:うるさい夫を黙らせるには、フィリップモリスが一番。
バンザフ弁護士:広告はまったく内容などなく、印象だけを残そうとするものでした。だからこそ効果的だったんです。
ペプルズ:新製品のPRに、テレビ広告はまさにうってつけでした。
バンザフ弁護士:コマーシャルでは、憧れの有名人を出演させるという手法がとられました。ニヒルな、ハンサムな男優とか、気品ある、セクシーな女優とかですね。こうした人たちがひたすらタバコを吸い続けているかのようなイメージを刷り込むことで、視聴者側に、タバコを吸ってさえいれば憧れの人に近づけるかのような幻想を与えたんです。
ナレーター:こうしたタバコの広告がはん濫し始めたことに、公正取引当局など政府組織は懸念を抱き始めます。それでも当初、世論の反対はほとんどありませんでした。1966年、理想に燃える若手弁護士ジョン・バンザフさんは、この状況を変えるべく立ち上がります。
バンザフ弁護士:わたしの一途さを、タバコ会社は厄介に感じていたんでしょうね。
ペプルズ:タバコ会社は彼のことを、革命をもくろむ過激派のように考えていました。

<Part2>
バンザフ弁護士:テレビでフットボールか野球かを見ていましたが、その間タバコのコマーシャルがとても多いことに気がつきました。
CM:野球のスコアも気に入ったけれど、このタバコはさらにいいですね。
バンザフ弁護士:そのときはっと思ったんです。法学部の学生時代に学んだ「機会均等の法則」というものが、これらのコマーシャルに適用できるんじゃないかとね。
機会均等の法則というのは、一般に物議を醸している話題の一方の見解を紹介する場合、もう一方の意見も紹介しなければならないというものなんですから。
ナレーター:タバコによる人体への影響を懸念する団体には、これはある意味で「神の啓示」でした。連邦商業取引委員会のマイケル・パーシャック元委員長です。
パーシャック:テレビ局は、タバコのコマーシャルを三回流すごとに、タバコの害についてのガン協会などからの広報を無料で流す義務があります。
バンザフ弁護士:こうして「喫煙は死をもたらす肺気腫の原因になる」という声のコーラスが聞かれるようになったわけです。
CM:初めてのタバコを憶えていますか?
バンザフ弁護士:これは衝撃的でした。喫煙者にはもちろんですが、子供がこの広報を見て「パパ、タバコを吸うと死んじゃうんだって」と言ったという話をずいぶん聞きました。
CM:タバコを長いこと吸っていますが、肺ガンにかかってしまいました。
パーシャック:タバコ会社にはもちろん我慢ならないことです。自分たちの製品がアメリカの視聴者の前でさげすまれるなど、受け入れられないわけです。
ペプルズ:民間テレビ放送に無料で喫煙反対のメッセージを流されては、メーカーはたまらない、ということです。
CM:喫煙者が心臓病にかかる割合は、非喫煙者の2倍から3倍です。
バンザフ弁護士:その年じゅうにタバコの売り上げは急落しました。
CM:タバコをやめるのは、危険を止めることです。
ペプルズ:タバコ産業はパニックに陥りました。
ナレーター:世論がタバコに対して硬化するなか、タバコ産業は下院議会の喚問委員会に呼び出され、テレビでのタバコの宣伝を正当化しなければなりませんでした。そればかりか、タバコの宣伝そのものが批判されるに至って、メーカーの立場は悪くなるばかりでした。
委員会でメーカーを糾弾したエドワード・マーリス弁護士です。
マーリス弁護士:タバコの宣伝に使われている西部劇の野性的な男らしさとかセックスアピールなどを表す映像を15分ほど続けて流しました。若い世代にアピールするような映像ばかりです。見ている側にも、それは明らかでした。
ナレーター:宣伝の威力が問題視されれば、もう逃げ道はありませんでした。
タバコ産業のスポークスマン、ジョセフ・カルマンさんです。
カルマン:タバコ産業を代表し、タバコメーカーによるテレビ、ラジオのタバコのコマーシャルの全面的停止を1970年9月から実施します。
ナレーター:アメリカのテレビからタバコのコマーシャルが姿を消したことは、一つの転機でした。
ペプルズ:非難の矛先をかわすためには最善の策だったんです。「メディアの力を利用して子供にまで影響を及ぼそうとしている」とまで批判されれば、コマーシャルをやめるしかなかったでしょうね。
ナレーター:しかし、タバコ産業がテレビコマーシャルをやめたことは、かえって懐疑的な目で見られる結果となりました。三年後には、タバコの売り上げはまたもや上昇したのです。
パーシャック:つまり、消耗戦というわけだったんです。政府だの、公共衛生局だのに一歩譲歩しておいて、後で失地を回復するという戦略だったと言ってもいいかもしれません。
ナレーター:しかし、「タバコが健康に悪いのでは?」という懸念がぬぐい去られたわけではありません。そこでタバコ産業はほかの手段に出ました。ニューヨークにタバコ問題評議会を設置して、喫煙が健康に与える影響についての調査に助成金を与えたのです。当然、「タバコ問題評議会は科学を研究するのか、または口止めの手段なのか」という議論が巻き起こりました。
タバコ問題評議会のビンセント・リサンティ博士です。
リサンティ博士:科学の進歩のための資金援助という点では、とてもありがたいことでした。
バンザフ弁護士:タバコ問題評議会は最初から「タバコは喫煙者あるいは非喫煙者においてガンの原因とはならない」と、一般市民に信じさせるために、タバコ産業が作った機関だったんです。
ナレーター:一人の科学者が「タバコ問題評議会は、タバコ産業の汚い手口である」と信じるようになりました。
フレディ・ホンバーガー博士は、70年代初めに200匹のハムスターを使って喫煙の影響を調査するよう評議会に依頼されました。
ホンバーガー博士:特別な装置を使って1年ほどタバコを吸った状態を続けると、ハムスターの半分は喉頭(こうとう)ガンにかかったんです。
リサンティ博士:それは本当かもしれません。
ナレーター:ホンバーガー博士が顕微鏡を通して見たものは、喫煙とガンとの強力な因果関係でした。博士はこの発見を国立ガン研究所へ報告しました。
即座に反応がありました。タバコ問題評議会が博士に会見を求めてきたのです。
ホンバーガー博士:わたしはメイン州にいたんですが、彼らはメイン州まで会いに来ると言ってきました。
ナレーター:それは発見を祝うためではありませんでした。評議会は博士に調査結果を発表してほしくなかったのです。
ホンバーガー博士:調査結果をそのまま発表するなら、評議会は一銭も調査料を払わないぞ、と脅されたんです。
ナレーター:評議会は報告書から「ガン」という言葉を削除し、もっとあいまいな表現を使うよう、博士に勧めました。
リサンティ博士:そんな威嚇行為があったのなら不条理ですね。
ナレーター:ホンバーガー博士は「ガン」という言葉を使ったまま報告書を提出しました。評議会は博士に、まったく調査料を支払いませんでした。
ホンバーガー博士:助成金は止められました。怒ったんでしょう。
リサンティ博士:調査をやめさせるというなら、なにも恐喝しなくたってよさそうなものです。
ナレーター:しかし、それでは終わらなかったのです。1974年4月、ホンバーガー博士はアトランティックシティでの学会での記者会見で、評議会が口止めしようとしていた調査結果を発表することになっていました。
ホンバーガー博士:学会の運営委員会から、あるホテルのルームナンバーを伝えられました。ところが行ってみたら、だれ一人いないんです。
ナレーター:ホンバーガー博士の記者会見は、タバコ問題評議会のレナード・ザーン広報コンサルタントにより、キャンセルされていました。後になってザーン氏は、評議会のメンバーあてに次のような覚書を送っています。
ザーン役の声:ホンバーガー発言はマスコミの注意を引くと思われたため、キャンセルした。
ナレーター:タバコ会社がいかに喫煙の危険を熟知していたかが、ようやく明らかになったのです。
バンザフ弁護士:喫煙と病気の関係を追求しようとする研究は、即座にやみに葬られました。その代わり、タバコ以外のものと病気との関係の調査は、積極的に奨励されたんです。
タイトルアナウンス:この続きはお知らせの後で。

タイトルアナウンス:「タバコ戦争」
ナレーター:タバコ産業はまた、安全なタバコの開発さえ息の根を止めました。
リゲット&マイヤーズ社は、チェスターフィールズのメーカーとして知られます。
リゲット社のノースカロライナ州ダラムの研究所では大きな進歩が見られました。リゲット社はこれをエックスエー・プロジェクトと呼んでいます。
リゲット社の弁護士だったローレンス・マイヤーさんです。
マイヤー弁護士:このプロジェクトは最初から「これはとてつもなく重大な発見だ」というような、鳴り物入りの宣伝付きでした。
ナレーター:これはタバコ産業を大きく変える可能性を秘めた大発見だったのです。イギリスのハロゲート研究所と同様、ここではガン細胞の発生率を低下させる物質を探すため、タールをネズミの背中に塗る実験が行われました。
ジェームズ・モールド博士です。
モールド博士:酸化の過程を変化させ、またガン細胞の発生を低下させるという働きのある物質を探したんです。何百種類も試して「もうだめか」と思ったところで、パラジウムに行き当たったんです。
ナレーター:パラジウムはまれで高価な金属であり、主として自動車の触媒コンバーターに使われています。モールド博士とそのチームは、パラジウムをタバコと混ぜるとネズミのガン発生率が劇的に減ることを発見したのです。
マイヤー弁護士:エックスエー・プロジェクトには注目が集まり、研究チーム全員が「『タイム誌』の表紙にも載るだろう」とか、「ノーベル賞にノミネートされるだろう」などと騒がれ始めました。
ナレーター:しかし、喜びはつかの間でした。
リゲット社の弁護士だったジョン・ボーエン・ロスさんです。
ロス弁護士:最初は皆、興奮しました。そのうちに意見が分かれ始めたのです。
ナレーター:この発見により、リゲット社は新製品からばく大な利益を得る可能性とともに、既存のタバコの処遇という大きな悩みを抱えることになったのです。
弁護士たちは、「もしパラジウム入りタバコを売り出せば、リゲット社のほかのタバコは危険だと認めることになる」と警告しました。
内部で意見が分かれていたにもかかわらず、リゲット社は新しいタバコを売り出す計画を立て、秘密裏に材料を4トン倉庫に蓄えました。
マイヤー弁護士:問題は、貴重なパラジウムが、エックスエー・プロジェクトに示されるような、新しいタバコを作るに足る量だけ地球に存在するか、ということだったのです。
ナレーター:計画は現実味を帯び、リゲットは、広告の内容まで考えていました。そして名前は「エピック」にしようと。
体に優しいタバコといえば、みんな飛びつくにちがいありません。リゲットは1970年代半ばまでにはすっかり自信をつけ、政府の重要人物に、ひそかに研究結果を報告しました。
モールド博士:保健問題を担当する大統領顧問の補佐官に、我々の情報を伝えました。
マイヤー弁護士:会談を終えると、みんな興奮してわたしの部屋にやってきました。「政府の重鎮を味方につけた。もうこっちのもんだ」と言わんばかりにね。
ナレーター:しかし喜びもつかの間、ワシントンにあるタバコ産業協会に、エックスエー・プロジェクトの内容が漏れてしまったのです。
マイヤー弁護士:翌日、タバコ協会から「ホワイトハウスでいったい何をやっているんだ」という電話がリゲットに入ったんです。
ナレーター:ライバル企業も情報を漏れ聞き、がく然としました。破滅的な結果を招く、と。
マイヤー弁護士:なぜ破滅的か。考えてもみてください。ガンになる可能性がゼロのタバコと、100%ガンになる可能性のあるタバコの両方が市場に出回るのです。マルボロであれ、クールであれ、何であれ、古いタイプのタバコがパラジウムを加えた新しいタバコと競争しようといったって、それは無理な話です。
ナレーター:リゲットのライバル企業は、「『安全なタバコ』などと言えば、ほかのタバコはすべて危険ということになる」と反論しました。特に声を上げたのが、当時顧問弁護士だったブラウン&ウイリアムソンのペプルズ副社長でした。
マイヤー弁護士:アーネスト・ペプルズ氏は「プロジェクトはばかげている」と言いました。業界を破滅に導くとね。特にリゲット自身にとって不利になると言ったんです。
ペプルズ:タバコに金属を加えるのは賢明ではないと思ったんです。
ロス弁護士:ペプルズ氏は「このばかばかしいプロジェクトをどうしようと思っているんだ?」と聞いてきたんですが、これには答えませんでした。たとえわたしが答えを知っていても、それを彼に言う理由はないからです。
ペプルズ:安全なタバコの開発について、うちの会社が別の会社に脅迫じみたことをしたことはありません。
ナレーター:1977年末、リゲットは会社の弁護士と会合を開き、その席にエックスエー・プロジェクトのチームを呼びました。プロジェクトの運命を決定するためです。
モールド博士:取締役と弁護士は、中止にする理由を説明しました。
マイヤー弁護士:プロジェクトチームは新製品の利点を強調しました。
モールド博士:後になってこの計画を取り下げたことがわかれば、かえって立場が悪くなるのではないか、と言ったんです。
ナレーター:けっきょく懐疑派が勝ち、安全なタバコはお蔵入りとなりました。
マイヤー弁護士:リゲットの貴重な研究が世の中に発表されなかったため、世界は画期的な機会を逃したのです。
モールド博士:多くの人の命を救えたと思いますね。
ナレーター:パラジウム入りのタバコが市場に出ていたらどうなっていたかは、だれにもわかりません。

ナレーター:一方イギリスでは、1970年代、映画館でのタバコ広告はまだ禁止されていませんでした。宣伝技術は洗練される一方です。
広告代理店の取締役、ウオールディーさんです。
ウオールディー:タバコはかっこいいものだと見られていたんです。
ナレーター:広告業界には、タバコ反対の姿勢をとった人もいます。
広告ディレクターのアボットさんです。
アボット:ロケ地はいつも魅力的な場所でした。タバコを吸う主人公が必ず英雄、と筋書きは決まっているんです。体に害があるとか、そういうマイナスイメージからは距離を置こうとしていたんです。
ナレーター:しかし政府は次第に、宣伝内容に関し、厳しい規制を設けるようになりました。
ウオールディー:政府は、タバコに華やかさや何らかの価値が付け加えられることを禁じようとしたのです。
青い空も、青々とした木々もだめ。
魅力的な場所でワインを飲むという設定もだめ。特に2つのグラスはセックスへの連想をさせるのでだめなんです。退屈な色を背景にタバコの箱を置くぐらいしかできないというわけです。これでは宣伝にならないと不満でした。
アボット:一時は元気を失った広告代理店ですが、規制によって逆に想像力をかき立てられたんです。
ナレーター:広告代理店は息を吹き返します。
ウオールディー:伝えるメッセージも、意味も、理由もない宣伝を始めたんです。見る人はびっくりしてショックを受ける。「いったい何なんだ?」と思うわけです。
アボット:「なんて頭がいいんだ、これぞ新しいタイプのクールさだ」と思いました。
ウオールディー:何のメッセージもありません。ただ、何か見るものが目の前にあるだけです。
アボット:当時、これほど想像力に富んだ広告はどこにも見当たらなかったと思います。超現実的なものを背景に、タバコの箱がある。見た人は「いったい何だろう?」と注意を引かれるのです。
実に頭がいい。この頭の良さほど若者の心に訴えるものはないのです。
ナレーター:タバコ業界が政府と知恵比べをする傍ら、タバコ反対派も負けじとばかり、1980年代初め、新しいキャンペーンを始めます。
アボット:タバコをやめる人が増えてきました。しかし、労働者階級は別でした。
学校から帰った子供が「お父さん、お母さん、タバコをやめて」というコマーシャルを作れば、子供のことを考えてやめる人が出るだろうと考えたんです。
じっさい、やめたいと思って何度も試している人がたくさんいたわけです。ですから、我々のキャンペーンが受け入れられる素地はすでにあったんです。
CM:子供のために、タバコをやめましょう。
アボット:イギリスだけではなく、この広告が使われた所では人々の姿勢は変わったと思います。
ナレーター:しかし政治の世界では、イギリスでもアメリカでも、タバコ反対のプラカードを掲げる人はいませんでした。
しかし1976年、ワシントンで変化が起こります。
ジミー・カーター:私ジミー・カーターは、アメリカ大統領の任務を誠実に果たすことを誓います。
ナレーター:カーター氏は、タバコ産業を支持したおかげで大統領に選ばれました。
しかし、厚生長官にジョセフ・カリファーノ氏を選び、これが後にあだとなります。
ペプルズ:カリファーノ氏は、すい星のように現れたのです。
ナレーター:カリファーノ氏です。
カリファーノ:タバコ業界は、わたしを危険な存在と考えたんです。
ペプルズ:彼は、元喫煙者にしかできないやり方でキャンペーンを展開したんです。
ナレーター:カリファーノ氏がタバコ反対運動を政策の中心に据えたのは、次のようないきさつがあったからです。
カリファーノ:うちの省に勤めてくれる職員を探して医者150人ほどと面接したんですが、だれもが「健康の促進と病気の予防を真剣に考えるなら、喫煙についてなんとかしないかぎり無理だ」と口をそろえました。
ナレーター:タバコ産業の反応は素早いものでした。
カリファーノ:タバコ業界は、わたしがタバコの喫煙に関し演説をすると聞きつけると、前もってその内容のコピーを送ってくれと言ってきたんです。タバコに関する政府の声明に関しては、いつもあらかじめ内容を伝えてもらっていたというのです。そこでわたしは「そういう時代はもう終わったんだ」と言ったんですが、今度はホワイトハウスからコピーを要求してきたのには驚きました。
ナレーター:元ホワイトハウスの保健問題顧問、ボーン氏です。
ボーン:大統領が自分自身の支持基盤のことを心配しているときに、思い切ったことをしてだいじょうぶかと心配したのです。
ナレーター:大統領顧問だったボーンさんは、この演説がホワイトハウスに及ぼす影響を心配していたのです。
カリファーノ:わたしはボーンさんに「もし大統領がコピーが必要だとおっしゃるなら、電話をしてもらえればすぐにお渡しする。だが、大統領以外のどの側近にも渡すつもりはない」と言ったんです。
ナレーター:カリファーノ氏はキャンペーンを決行しました。
1978年、カリファーノ氏は「喫煙は、これまで考えられていたよりはるかに危険であったことがわかった」と発表します。
タバコ会社は、ワシントンに新しい敵が生まれたことを知ります。
カリファーノ:戦争の始まりでした。
ナレーター:タバコ協会のドゥーイヤー氏は「カリファーノ氏が大好きな遊びや酒をやめるかが見ものだ」と国民に語りかけました。
民主党幹部は、再選を果たすためにはカリファーノ氏の存在が危険だと感じ始めます。
ボーン:当時ノースカロライナ州の知事だったジム・ハント氏から電話があって、「カリファーノ氏の口をふさげないならノースカロライナの票はあきらめてほしい、と大統領に伝えてくれ」と言ってきたんです。
カリファーノ:キャンペーンを中止にするなど考えてもみませんでした。今していることは正しいのだから、時間をかければみんなにわかってもらえるだろうと思っていたのです。わたしはホワイトハウスとは政治的な観点も異なっていました。どの州の人も、我々の言っていることのほうが本当だと知っていると信じていました。肺気腫やほかの肺の病気で親族を亡くしていないアメリカ人など、ほとんどいませんでしたからね。
ジミー・カーター:アメリカには、タバコ産業に生活を頼っている家族は200万を数えるのです。
ナレーター:カーター大統領は、再選を果たすためにタバコ業界から信頼を取り戻そうと努力しましたが、業界からの圧力は大変なものでした。
ボーン:タバコ業界の態度ははっきりしていました。「カーター大統領の再選を支持するが、条件がある」というわけです。それはタバコの健康問題で厳しい路線をとらないという条件でした。
ナレーター:カリファーノ氏は解任されました。
カリファーノ:「今回の決定に関し、だれを非難するか」というのはいい質問ですね。カーター大統領がわたしを解任したのは、タバコ業界からの圧力のせいです。カーター氏も、今ならその事実を認めるんじゃないでしょうか。
ナレーター:タバコ業界は、20年にわたり科学的な研究結果と法規制を相手に闘い続け、ついには、その前に立ちはだかった政治家をも追放したのです。
反対勢力の拡大と喫煙率の低下にもかかわらず、タバコ業界は1980年代までには嵐を切り抜けます。しかしその「事実の隠ぺいと否定」の歴史はとてつもなく長いものです。
そして、その事実が明らかになるとき、タバコ業界はただこうべを垂れるしかないのです。<終了>

BBCワールド「タバコ戦争」
3.煙たがられるタバコ
(Smoking Out)2000.9.2

タイトルアナウンス:BBCワールド、ロンドンからお送りしています。
警官:今夜は、バーに踏み込んで喫煙者の一斉検挙を行う。まず、おれとジャックが踏み込む。君らは後に続いてくれ。バーに踏み込んだら、喫煙者の特定を行うことだ。タバコを吸っているやつの背後に立つんだ、いいな。
オースチン:ここでタバコを吸うのは法律違反です。
ナレーター:カリフォルニア州では、バーでタバコを吸うのは法律違反となっていますが、この夜、このバーで喫煙者の一斉検挙が行われました。
バーの客:いきなり警官が二人、その後に特殊部隊のように続いてバラバラと入ってきたよ。だれもタバコの火を消すことができないように、立つ位置まであらかじめ決めてあったみたいだな。麻薬取引のような扱いだったね。
バーの客2:バカも休み休み言えよな。
グレゴワール:バーでタバコを吸うのは御法度よ、一応言っとくけど。
バーの客2:じゃあ、どこで吸えっていうんだよ。
禁煙を押しつけるほうがおかしいんだ。こっちは好きで吸ってるんだから、お節介はよしてもらいたいね。
ナレーター:カリフォルニア州でバーでの喫煙を違法とする法律が出来て以来、いわゆる「喫煙警察」がバーをパトロールし、違反者には一律75ドル、およそ8000円の罰金を課しています。喫煙者はさらに肩身が狭い思いをすることになりました。社会の目は厳しくなる一方です。
バーの客2:締めつけの強化?無駄無駄!法律をちょっとばかり増やしたって、タバコを吸うやつは一時的に減るだけだよ。

タイトルアナウンス:「タバコ戦争 〜煙たがられるタバコ〜」
ナレーター:1980年代初め、RJレイノルズ社は俳優ハリソン・フォードのそっくりさん、デーブ・ゲーリッツさんをイメージキャラクターとして採用しました。
タバコに対する社会的風当たりが強まるなか、若い層にアピールして新たな喫煙者を増やすのがゲーリッツさんに課せられた任務だったのです。
しかし、その当時喫煙者だったゲーリッツさんは、タバコ業界の姿勢に疑問を持つようになります。
ゲーリッツ:一服しているところに会社のお偉いさんがやってきて「なんだ、あんたタバコなんて吸うのか」って言うんですよ。で、「皆さんは吸わないんですか?」と聞くと、「冗談じゃない、『喫煙する権利』なんざ、ガキと貧乏人と黒人とバカにくれてやるよ」と言っていました。
ナレーター:ゲーリッツさんが救助隊のメンバーとして登場するこのタバコ広告は、ねらいどおりタバコに「格好良さ」を与え、若者に大受けしました。
ゲーリッツ:「一日当たり数千人の子供を喫煙に引きずり込むことが仕事だ」と言われました。「肺ガンで死ぬ喫煙者の欠員補充だ。中学生ぐらいをねらえ」とね。これが事実であることは、RJレイノルズの社内文書からも明らかです。現在の経営陣は、当時のこのような経営方針を批判しています。RJレイノルズ・タバコ会社のスティーブ・ゴールドストーン会長です。
ゴールドストン:まったく残念です。あんな考えがあったことを示す文書が存在するとはね。タバコ会社が将来の顧客を確保するために子供に目をつけて喫煙に誘い込もうとは、まったく不適切も甚だしい方針だと思いますよ。
ナレーター:しかし1987年、RJレイノルズ社は「ジョー・キャメル」というイメージキャラクターを登場させました。「若い喫煙者の獲得がねらい」というものの、「子供をタバコに引き込むのがねらいだ」という批判が巻き起こります。
子供をタバコから守る活動をしているマット・マイヤーズさんです。
マイヤーズ:道徳というものが欠落していると、人間どんな悪事をやらかすか、という典型的な例だと思います。宣伝の対象だったタバコ、キャメルを吸う子供の数は、一気に10倍以上になったんです。これは偶然などではありません。会社側は「もっと上の年齢層をねらった広告戦略だ」と言うんですが、実際には会社の言う年齢層ではキャメルを吸う人の数は変化がなかったんです。つまり、あのイメージキャラクター「ジョー・キャメル」を導入したのは子供を引き込むためだったんです。
ゴールドストン:株主が我々経営陣に聞くのは、「キャメルの業界シェアはどれだけ伸びたのか」ということです。タバコだって商品だということを忘れないでください。同業他社に負けずに商品を効果的に売り込まなければ、我々経営陣は役目を果たしていないということになるんです。その点はわかっていただけますよね。
ナレーター:タバコ会社のこのような姿勢を非難する、批判広告です。
「倒産しないために、君たちのような子供の喫煙者が必要だ。悪く思わないでくれ」
と、タバコ会社の主張を代弁した後、「タバコ会社はカネのためにどこまで堕(お)ちていくのか」と結んでいます。
オースチン:(発生器を通して)初めてタバコを吸ったのは、13のとき。まあ、なんて言うか、双子の姉妹みたいな関係よ。切っても切れない縁があるっていうか、友達みたいなもんかもしれない。一服やると親しい友達がギューって抱き締めてくれるみたいな感じなのよね。良いことばかりよ。
ナレーター:実際にはそうではありませんでした。
この女性、デビー・オースチンさんは41歳のとき、喉(のど)のガンに犯されました。しかしそれでもタバコが手放せず、喉に開けた穴から吸っています。
オースチン:もちろんタバコは口で吸いたいけど。もうそういうわけにもいかないじゃない?だから喉に穴を開けてもらったのよ。口にくわえてるときみたいにぷかぷか軽くふかそうとしてもできないから、スパーッと思いっきり吸い込むことにしてんの。(喉の穴にタバコを差し込んで吸う)豪快でしょ!
ナレーター:タバコは麻薬のような中毒性があるのか。それとも喫煙者は自分自身の意志でタバコを吸うことを選択しているのか。まず議論になったのはこの点でした。
その疑問に対し、タバコ業界にとって衝撃的な結論に達したのは、タバコ会社ーーマルボロのブランドで知られるフィリップモリス社の研究陣でした。タバコに含まれるニコチンに代わる、より安全な物質を開発するための研究で、ニコチンには強い中毒性があることが明らかになったのです。フィリップモリス社の元研究員、ビクター・デノーブル博士です。
デノーブル博士:ネズミを檻(おり)に入れて、自由にニコチンを取れるようにしてやったんです。すると、タバコを吸う人間とまったく同じ行動を示しました。朝起きてまず一服。そして顔を洗うとまた一服。朝食を食べてまた一服という具合です。一日じゅう、体内のニコチンの量が低下する度にニコチンを摂取していました。寝る前にニコチンを取ろうとするのも同じ。睡眠中はニコチンが取れないので、いわば「取りだめ」をしているわけですね。
人間の喫煙者とまったく同じ行動をとるネズミ。この発見は重大な意味を持っていました。つまり、タバコを吸い続けるという行為は、単に好きだからやっているのではなく、中毒の結果なのではないかということなんです。
ナレーター:「タバコに中毒性はない」と言い張ってきたタバコ業界にとって、大きな衝撃をもたらす研究結果でした。
デノーブル博士:「中毒」につながるような言葉は何でも言い換えたものです。例えば「このタバコの『衝撃性』はどれぐらいか」と言ったら、どのくらいのニコチンを脳に送り込むかを意味する、といった具合です。
ナレーター:デノーブル博士は、突然本社に呼び出されます。
デノーブル博士:びっくりしましたね。しがない研究員のわたしが、会社のジェット機で本社に呼び出されたんですから。そしてこう言われました。「ネズミがニコチンを欲しがっているからって、巨大なタバコ産業を危険にさらすことができるか?」って。
けっきょく、もうけることしか頭にないんです。客の健康より金もうけというわけですよ。
ナレーター:会社の顧問弁護士が、研究結果を公表しないよう博士に言い渡しました。そして、ついに社長が姿を見せます。
デノーブル博士:「タバコに中毒性があると言うが、それは政府が中毒性を判定するときに使う公式の方法でそういう結果が出たのか?」と聞かれました。「そのとおりです」と答えました。すると社長は慌てましたね。部屋を出る間際、「余計な研究をしやがって。これでタバコ会社は麻薬カルテル扱いだ」と吐き捨てるように行ってしまいました。
ナレーター:フィリップモリス社は、これ以上博士に研究を続けさせるのは危険だと判断しました。
デノーブル博士:突然、配置転換があったんです。広い研究室を与えられ、「やった、これは栄転だ」と思いましたね。ところがいきなり「実験に使ったネズミをすべて殺し、研究報告書を引き渡すように」と言われたんです。
ナレーター:デノーブル氏は、ネズミ250匹はすべて処分したものの、研究報告書の一部をひそかに手元に残しました。
デノーブル博士:いつも会社から監視されていました。研究を公表するようなことがあれば、会社に訴えられて牢獄(ろうごく)行きだと言われたんです。
ナレーター:博士の研究は公表されませんでした。しかし、喫煙者ならだれでも、タバコの中毒性には気づいていたのです。
1988年、公衆衛生局長官だったC・エバレット・クープさんがついに動きだしました。タバコ会社と戦うことは道徳的な意義もあると主張し、「タバコは中毒性がある」という公式報告書の提出にこぎ着けたのです。
クープ:ヘロインやコカインなどの麻薬を思い起こさせる「中毒性」という言葉を意識的に使いました。
「違法とされている麻薬と同じような中毒性を持つタバコが、アメリカ国内では堂々と合法的に売られている」
公衆衛生局長がそう言えば、タバコに対する考えを変える人も多いだろうと考えたんです。
ナレーター:ブラウン&ウイリアムソン・タバコのニック・ブレックス会長です。
ブルックス:タバコを麻薬と同じものと位置づけ、喫煙は社会に反する行為だと言う認識を人々の心に刷り込んでいく、喫煙反対派の意図的な意識操作です。
ナレーター:タバコの中毒性をひた隠しにしようとしてきたタバコ業界にとどめの一撃を加えたのがこの人物、メレル・ウイリアムズさんです。
1988年ウイリアムズさんは、ブリティッシュアメリカン・タバコの子会社、ブラウン&ウイリアムソン社を担当する法律事務所に勤めていました。そして、タバコの中毒性を示す決定的な証拠が記載された書類の整理を任されたのです。
ウイリアムズさんの次にとった行動が「タバコ戦争」の戦局を大きく変えることになります。
ウイリアムズ:「冗談じゃない、こんな文書を隠したままにしておけるもんか」と思いました。文書を持ち出すときは死ぬほど緊張しましたね。少しずつ持ち出したんですが、どの部分を持ち出したのかの目印には自分の髪の毛を使いました。
書庫への出入りは警備員が監視していました。そばを通るときにはわざとポテトチップスをバリバリかんで、書類がカサコソいう音をごまかしたもんですよ。
ナレーター:ウイリアムズさんが四年間かけて持ち出した文書は、タバコの中毒性に関し、業界がいかに消費者を欺いたかを示すものでした。
ウイリアムズ:知らない間に、ニコチンという中毒物質を売りさばく片棒を担がされていたんです。うすうす感じていましたがね。やっぱりショックでした。会社も、極秘情報があれほど大規模に漏れるとは思わなかったでしょう。
ナレーター:ウイリアムズさんがこの重大情報をだれに手渡すか考えているころ、アメリカ議会下院ではタバコ会社各社の首脳による宣誓証言が始まろうとしていました。
ナレーター:「わたしは真実のみを語る」と誓っています。
ブラウン&ウイリアムソン・タバコ社のペップルス副社長です。
ペプルズ:そもそも、タバコ会社のトップたちがそろって宣誓証言をしなければならなくなったということだけで、タバコ業界のイメージはがた落ちだったんです。
ナレーター:問題を担当した小委員会で委員長を務めた、ワックスマン下院議員です。
ワックスマン:ついにタバコ業界のしっぽをつかんだという点で、画期的な出来事でした。これでもう逃げ隠れできなくなったんです。
ナレーター:RJレイノルズ社のブリクスト弁護士です。
ブリクスト:まるで魔女裁判か50年代の赤狩りです。自由な民主社会にあるまじきことでした。
ナレーター:「ニコチンに中毒性はない」とタバコ会社各社のトップが証言しています。
こうした間も、ウイリアムズさんはアメリカの「聖書ベルト」と呼ばれる、キリスト教に熱心な地域にあるミシシッピ州で助けを求めていました。タバコ業界は彼が重要な文書を持っていることを知っており、ウイリアムズさんは命の危険を感じていました。
ウイリアムズ:一般に知らせたいと思いましたが、ムッソリーニのようなめには遭いたくなかった。自殺するつもりもなかった。
ナレーター:そこで弁護士と連絡を取りました。アメリカ南部のメソディスト教会の牧師でタバコ好きの人でした。バレット牧師は、タバコ会社を訴えることを天職と感じるまでになりました。
バレット:神のおぼしめしと感じました。タバコは甚だしい悪で、闘う必要があるのです。聖書の中でダビデ王が悪を憎んだのとおなじくらい憎みます。
ナレーター:この憎しみの気持ちは、牧師が故郷の町でかつてタバコ会社と争ったことから生まれていました。
ミシシッピデルタの端にあるこの小さな町の法廷に、タバコ会社を代表する弁護士、科学者、私立探偵、宣伝担当者が繰り出しました。それは「人の壁」と称するにふさわしいものでした。そしていつも勝ち続けました。タバコ会社を相手取って訴える喫煙者はこうした専門家の壁にぶち当たり、費用でも人の数でも負けてしまいました。タバコ会社は何も支払うことなく済みました。
今回も人の壁は訴訟で負けるとは思っていませんでした。それが変わり始めたのです。
バレット:人がどんどん死んでいるのに、これまで一文も払わずに済んできたんですが、それならここミシシッピの町レキシントンで我々がやってみようと思ったのです。
ナレーター:バレット牧師と組んだのは、同じミシシッピ出身の弁護士で、大富豪のスクラッグさんでした。この闘争に二人は巨額の私費を投入しましたが、訴訟に勝てば金銭的にも報われるはずでした。タバコ会社は二人を「賞金目当て」と非難しました。ディッキー・スクラッグさんです。
スクラッグ:バレットから電話があって、「ウイリアムズという人から『我々の闘いに有利なある書類を持っている』との通報を受けた」といってきました。そのウイリアムズさんと空港で会い、自家用機でへんぴな所まで飛んで飛行機に積み、そしてミシシッピにあるわたしの事務所まで戻りました。文書は驚くべき内容でした。
ナレーター:スクラッグさんはそこで、ミシシッピの検察長官に相談しました。
ムーア検察長官:名前はウイリアムズと紹介され「是非ご覧に入れたいものがある」と言いました。
バレット:キツネにつままれたような顔をしましたよ。
ムーア検察長官:初めに見た文章は「我々は、中毒性のある麻薬・ニコチンを売るのが商売」とありました。
バレット:これで鬼に金棒と思いました。百万の味方を得た思いでした。
ムーア検察長官:議会の下院でタバコ会社7社のトップが手を挙げて宣誓し、「ニコチンは中毒性のある麻薬か」との質問に対して「そうではない」と証言するのを目撃した直後だったのです。それから三週間たってわかったのは、彼らが30年も前からニコチンは中毒性の麻薬であることを知りながら、議会でうそをついたということです。これは犯罪を構成します。
スクラッグ:ひどいやつらだと思いました。信じられません。
バレット:コピーをすぐに送りつけました。まず、カリフォルニア大学のスタングランツに一部送りました。
ナレーター:グランツ教授はタバコ会社を目の敵にして闘っていました。
グランツ教授:タバコ会社を経営する人たちは道徳というものがまったく欠けているんです。ゴキブリですよ。暗やみが好きで、病気を蔓延(まんえん)させるんです。
ナレーター:文書は大学の図書館内の安全な場所に保管されました。しかし、ブラウン&ウイリアムソン社はそのありかをすぐ突き止めます。
グランツ教授:タバコ会社は文書が大学にあることを知るやいなやその返還を要求しました。だれが読んだのかも知りたがりました。もちろん、図書館はそんな情報は教えないと言いました。そこで私立探偵を雇い、図書館の前に張り付かせ、だれが利用に来るか調べたりしていたんです。
ナレーター:タバコ会社は文書の返還を求める訴訟を起こしましたが負けました。
グランツ教授:文書が明るみに出れば、法律上勝ち目がなくなることを知っていたんです。50年たってようやくここまできたのです。
ナレーター:図書館は文書をインターネットに載せ公開しました。タバコ産業を訴えようとする人はだれでもこれを証拠として利用できるようになったのです。
グランツ教授:1963年の段階で、タバコ会社はニコチンに中毒性があることを知っていました。50年代には喫煙がガンを起こすことも知っていて、それを隠すため、いろいろ工作を続けたのです。
ナレーター:ミシシッピグループは、法廷にこの文書を証拠として持ち出す考えでしたが、その前にタバコ会社の弁護団がこれまで使って成功してきた「タバコを吸うのは自由意志だ」との主張をたたきつぶすことが必要でした。
バレット:アメリカの国旗を体に巻き付け、「大人の喫煙者が大人の判断で吸っているわけで、それに我々は干渉すべきではない。アメリカはそういう国なのだ」と言い張るのです。へどが出ますよ。喫煙は自由意志ではないことをなんとか立証しなければと考えているうちに、いいアイデアが浮かびました。
ナレーター:ムーア検事総長は、個人ではなく州が訴訟を起こすことを考えました。病気になった喫煙者の治療費用については、州は選択の自由がないわけで、その弁償を会社に求めることができると考えました。
ムーア検察長官:訴訟に踏み切った段階で、これは勝てるとは思いました。しかし相手はなにしろ手ごわいし、資金も豊富だから油断はなりませんでした。
バレット:タバコ産業を破滅に追い込むかもしれない訴訟でした。
ペプルズ:銃弾には我々の名前が刻まれていたのです。
バレット:戦々恐々の様子でした。
ペプルズ:検事総長の言い分の正しさについては、我々は判断を誤ったというほかありません。
バレット:恐れが顔に出ていましたねえ。
ペプルズ:変なときに変な法廷で負けてしまい、それが大変な結果をもたらす、業界全体がつぶれてしまうとの懸念がありました。
バレット:彼らの間でいさかいが始まりました。見ていて楽しかったんですよ、本当のところは。
ブリクスト:やつらはタバコ産業を破滅に追い込もうとしているのです。
タイトルアナウンス:続きはお知らせの後で。

タイトルアナウンス:「タバコ戦争」
ナレーター:法廷闘争とは別の場面でも、タバコ会社は窮地に立たされるようになりました。社会一般が反発を始めたのです。喫煙者は行き場を失いつつありました。ニューヨークには、喫煙者が身を寄せ合う、こんな場所も出来ました。このバーは喫煙者専用で、メニューにはタバコの種類が載っています。ここでは安心してタバコを吸えます。
ところが、喫煙者の周囲の人々の問題「間接喫煙」の問題が事態を一変させました。そしてタバコ反対運動を大きく前進させることになります。タバコは個人の自由意志の問題ではなくなり、社会一般に対する脅威となったのです。
タバコ会社は難題を抱えることになりました。
グランツ教授:間接喫煙はけっきょく、タバコ会社のアキレス腱(けん)になりました。宣伝が喫煙という自殺行為をそそのかしている議論は残っていましたが、喫煙者がタバコを吸うのは自由意志によるものといわれていたからです。ところが、他人を殺すとなると事は別です。

ウエイトレス1:会ったことはないけど知っているはずよ。
ウエイトレス2:わたしはあなたのウエイトレスです。
ウエイトレス3:コーヒーを注文なさったでしょう?
ウエイトレス4:ドリンクを注文したわね。
ここで8時間働くとタバコを1箱吸ったくらい煙を吸うの。ウエイトレスほど肺ガンや心臓病で死ぬ女性の仕事はないんです。
グランツ教授:タバコを吸うと、辺りにカドミウム、ジメチルニトロサミン、ニコチン、ヒ素、アンモニア、鉛、その他さまざまな有害な物質をまき散らします。これらが工場の煙突から吐き出されていたら、厳しい規制を受けるはずです。
ナレーター:再び、ブラウン&ウイリアムソンのブルックス会長です。
ブルックス:公衆衛生当局は喫煙について大げさな主張を続けていて、一般から相手にされなくなっているんだ。目的が良ければ手段は選ばずという考えで、おかしな理論を振り回して喫煙を社会的に拒否するよう、そそのかしているんです。
ナレーター:間接喫煙問題がタバコ業界の命取りになるのは、アメリカン航空の従業員による訴訟からです。ノーマ・ブロインさんはスチュワーデスとして煙の立ち込める機内で13年間勤務しました。
ブロイン:煙は嫌でむせたりしていましたが、それが人を殺すものだとは知りませんでした。
ナレーター:34歳のときブロインさんは、タバコを吸ったこともないのに肺ガンと診断されました。
ブロイン:間接喫煙が原因であることは間違いありません。ほかに肺ガンになる要因がないんです。医師団は「職場での間接喫煙が原因である」との証明を書いてくれました。
ナレーター:保護マスクを着けないと外にも出られない状況で、タバコの煙を含めて、汚染された空気を極力避けなければなりません。
ブロイン:しかたありません。肺は片方しか機能しません。汚染された空気を吸うとその分、肺の細胞が死に、いずれ肺の全部を失い、死ぬことになるんです。選択の余地はありません。
ナレーター:ブロインさんは、スチュワーデス1万人を代表して訴訟に踏み切りました。その結果、タバコ会社は3億ドルを支払い、医学研究基金を創設しましたが、責任は認めませんでした。間接喫煙訴訟がタバコ会社の支払いにつながったのはこれが初めてでした。ブロインさんはそれでも満足しませんでした。
ブロイン:会社側に責任を認めさせるため、体の続くかぎりがんばります。彼らは悪い人たちで、人の命より利益のほうがたいせつなのです。これが邪悪でなければ、ほかに何の邪悪がありますか。欲の皮が突っ張っているんです。病気、そして死を引き起こすと知りながら、その商品を利益のために売り続けています。多くの人に死をもたらしながら、そうではないとうそを言い続けているんです。
ブルックス:この問題について行われた科学研究の大半はこういう結論です。すなわちタバコの煙を吸うことのリスクは、「幼児を除いては、統計的に有意義なだけ存在しない」というものです。間接喫煙の問題は、周りに配慮し、空気の入れ替えに注意することで解決します。科学的にどうのこうのという問題ではありません。
ナレーター:タバコ会社は間接喫煙についての研究を疑問視します。しかし、もともと会社側で今はタバコ会社と闘っている人たちは、間接喫煙を重要視しています。元ブラウン&ウイリアムソンの研究開発部のジェフリー・ウイガンド副社長です。
ウイガンド:会社そして業界の内部には、間接喫煙のリスクについて重要視する文書が、実は70年代あたりから存在するのです。
ナレーター:タバコ会社を相手取って闘う人々にとって、もう一つの朗報はウイガンドさんでした。タバコ戦争で企業の敵に回ったなかで最も大物です。
ムーア検察長官:業界はダイナマイトを仕掛けられたようなものです。副社長級の人物が消費者側に寝返るとは思っていなかったのです。しかも、たくさんの情報を持っている人です。危険な証人でした。そこで脅迫の戦術に出たのです。業界にとっては裏切り者だったわけですからね。
ナレーター:ブラウン&ウイリアムソン研究開発部長の職を解かれた後、つけねらわれていると感じていました。
ウイガンド:ねらわれていると感じるようになりました。旅行のときはいろいろと名前を変え、わざと遠回りしたりしました。護衛も二人雇い、家族とわたしを守らせました。車にいつもけん銃を隠し、家の中でもそうでした。何が起きるかわかりませんでしたから。郵便受けに銃弾が入れてあって、それに脅し文句が書いてあったこともあります。「タバコ業界はおまえを忘れない。おまえの子供たちがどこにいるかも知っている」などとね。
ナレーター:ウイガンドさんはもう一つ秘密を握っていました。それはニコチンの量の多いタバコの葉を栽培する計画でした。
ウイガンド:この計画は、遺伝子工学でニコチンの量を倍にしたタバコの葉で、タバコに含まれるニコチンの量を自由に加減できるようにするためのものでした。
ナレーター:この計画で生まれたタバコの葉は、アメリカではすでに売られていました。この計画を手がけたブリティッシュアメリカン・タバコ社は「安全なタバコを作ろうとする段階で失敗した副産物」と説明しますが、ウイガンドさんはうそだと言います。
ウイガンド:タバコ会社はニコチンに中毒性があることを知っていました。タバコはそのニコチンを人体に送り込む手段、ニコチン供給システムであることを知っていたのです。


ナレーター:ニコチンは中毒性が非常に強く、数百万人がタバコを手放せなくなっています。タバコ産業はタバコのニコチンの量が多ければ多いほど中毒性が増すことを知っています。毎年数千人がタバコをやめられなくて命を落とします。でも、タバコ産業にとっては、あくまでもそれは利益の手段でしかないのです。
ナレーター:マンハッタンではタバコ産業を脅かすような交渉が進んでいました。タバコ産業の、今までの一枚岩の体制がくずれたのです。チェスターフィールドのメーカー、リゲットの代表団が、喫煙運動の中心人物バレット氏と会い、秘密の交渉を約束しました。
バレット:ニューヨークなどで偽名を使って交渉しました。「プロジェクト・フェニックス」と呼ばれる秘密のファイルがあったんです。もし交渉が進んでいることが暴露されれば、フィリップモリスのようなタバコ産業の大物につぶされることはわかっていましたから。
ナレーター:秘密交渉を進めたのは、良心のとがめよりも、むしろ金銭的な利害でした。リゲット・タバコ・グループのトップ、ルボーさんです。
ルボー:道徳心がなかったわけではありません。でも、リゲット社はひとつ判断を間違えば破産に追い込まれる危険があったんです。
ナレーター:リゲットは、州の検事総長と示談で解決することにしました。
ルボー:法廷とか連邦議会とかで「タバコに中毒性があるか」とか「喫煙は危険なのか」とか聞かれたらどうすればいいんでしょう。答えを知っているのに「知らない」と言うんでしょうか。だから、隠れみのの中から出てきて本当のことを言うことができてほっとしたんです。「タバコは危険だ」と、そして「100%中毒性がある」とね。
ムーア検察長官:タバコメーカーが「タバコはガンの原因となり、中毒性がある」「子供に的を絞って広告した」と明言したのはこれが初めてのことでした。もちろんタバコ産業は大騒ぎになりました。
ナレーター:ブリティッシュアメリカンタバコのブロートン会長です。
ブロートン:ルボーさんには良心のとがめなどなく、会社をできるだけ高い値段で売ろうとしているだけだったんです。自分の会社をだれかが買わないと大変なことになる、とタバコ産業を恐喝したんです。
ルボー:わたしはマフィアの裏切り者だといわれましたが、自分がマフィアの一員だったなんて知りませんでした。
ナレーター:それから数カ月のうちにほかのタバコメーカーも示談の準備を始め、州の検事総長に2060億ドル、20兆円以上を支払うことで決着しました。
クリスティーン・グレゴワール ワシントン州検事総長です。
グレゴワール:タバコ産業は、2025年までに総額2060億ドルを支払うと提案しました。このような例では史上最高額です。これで真実が明るみに出るでしょう。恐ろしい真実を公にし、タバコの害を調べる財団にも少なくとも20億ドルを支払うことを、この提案は明記しています。
ナレーター:ロンドンのブリティッシュアメリカンタバコ本社では、これから25年の支払いの規模を検討しました。特に彼らにとって不満だったのは、原告側弁護団への支払いです。なんと200億ドル、2兆円以上でした。ブリティッシュアメリカンタバコのケン・クラーク副会長です。
クラーク:アメリカの弁護士の態度には、市民の良心をあおってとんでもない賠償金を要求するというばかげた態度が横行しています。タバコを吸っても吸わなくても、アメリカ人は皆カネにしか目のない弁護士に振り回されているんです。どん欲さだけで裁判を牛耳るんです。
バレット:いいもうけですね。14年間の仕事で数百万ドルですから。それはタバコが犯した罪が支払うものであり、タバコ産業はそれで潤ってきたんですから、わたしの良心はとがめませんよ。
ナレーター:キャラクター、ジョー・キャメルの引退のときがきました。タバコの広告などを取り外すことも条件だったからです。しかしタバコ産業の頭痛は続きます。今度は政府や個人から起訴される可能性が出てきたからです。
パトリシア・ヘンリーさんです。
ヘンリー:35年間もタバコを吸って肺ガンになったので、フィリップモリスを起訴して5150万ドル、およそ50億円の賠償金を支払われました。
ナレーター:カントリーミュージックのシンガー、ヘンリーさんは、喫煙が原因で手術不可能とされた肺ガンのため、フィリップモリスを訴えて要求額の3倍の賠償金を勝ち取りました。
ヘンリー:フィリップモリスに電話して、公衆衛生局長官が警告しているようなタバコの害は本当なのか聞いたんです。そうしたら「ご心配ならライトにすればいいですよ」という答えです。だからニコチン量の少ないライトに変えてタールの量を減らそうとしました。
ところが、それまで一日一箱だった喫煙量がそれから三、四カ月で三箱半に増えてしまいました。いったん病気になるとフィリップモリスは知らん顔。それまでわたしはいい顧客だったのにね。わたしは喫煙の結果に責任を持ちますよ。それはまず、死んでしまうということ。そして次に、このお金には手を付けないということ。でもメーカーも、これから将来、毎日死んでいく人々のためには責任を取らないといけません。
ナレーター:責任を要求されたのはメーカーだけでなく、喫煙者も同じです。フロリダ州フォートローダーデイルでは、初めて未成年の喫煙に対する裁判が始まりました。
ナレーター:「法廷では満18歳以下の若者によるタバコの所持を禁止しています。つまり、タバコを吸う以前に、タバコをポケットに入れているだけで罪になるのです。大麻と同じ扱いですよ」と語る、シャッター判事です。
18歳以下の未成年がタバコを喫煙、または所持していれば、罰金か地域奉仕活動の罪が課せられます。
シャッター判事:立ったままの仕事はできる?地域奉仕と罰金のどちらがいい?
奉仕だね。
ナレーター:ここでいちばん重い刑は、運転免許はく奪です。
シャッター判事:16歳ですか、地域奉仕だね。がんばってね。
少女:喫煙で運転免許停止になってしまいました。外出できないし、仕事には行かなければならないし、他の人に乗せてもらわなければなりません。大変です。
シャッター判事:ここに連れてこられた若者の三分の一は、二度とタバコを吸いません。初めはこんなやり方で未成年者の喫煙をやめられるか疑っていたんですが、これまでのどんな方法よりも高い効果を見せています。
ナレーター:アメリカ西海岸では、喫煙反対派の数は増える一方です。
反タバコ活動家:むりやりタバコの煙を吸わされる、わたしのきれいな空気を吸う権利はどうなんでしょう?
ナレーター:カリフォルニア州ではタバコ戦争に発展しています。
バーの客2:まるでハンセン病患者か何かのように扱われています。
活動家:「喫煙しない権利」はないんです。
バーの客2:わたしが自分の人生で何をしようが、かってのはず。
活動家:決まった場所だけにしてほしいというだけです。
バーの客2:歯が茶色になるっていう宣伝をしていたけれど、わたしは30年も吸っていて歯は真っ白ですよ。
活動家:反対運動が生まれ、広がっていっています。やがてアメリカからタバコが追放される日が来るでしょう。
ナレーター:しかしタバコのないアメリカは、ケンタッキー州でタバコ農園を代々経営するラスティー・トンプソンさんにとって望ましくありません。自身もタバコを吸わないトンプソンさんは「タバコはたしかに体に悪いかも」と言います。しかし……
トンプソン:これはカネの倉庫です。こんな切れ端でもタバコ5本は出来るんです。だからこの納屋にある量で6000万本は出来ますね。ビッグタバコ社にとって金の卵のタバコだけれど、わたしにとってもカネのなる木なんです。
ナレーター:タバコの危険が騒がれる今でも、タバコ産業は巨額の利益を上げています。
これはケンタッキー州のタバコの葉の競売の様子ですが、この後、発展途上国へどんどん売られていきます。
タバコ会社としても「ならず者」というレッテルを好ましく思うはずはありません。重要なのは利益ですから示談にも応じたのです。
一方、タバコ反対運動の勢いも弱まる様子がなく、タバコ産業は社会の嫌われ者ながら、富を蓄えています。
再び、RJレイノルズタバコのゴールドストン会長です。
ゴールドストン:タバコ産業は、人体に有害な商品を売り続けてきました。そして公衆衛生当局とじゅうぶんに協力しないで済ませようとしてきたことも本当です。ここ40年間、もっとましなやり方もあったんでしょうけれどもねえ。
マイヤーズ:将来、20世紀の歴史が書かれるころには「なぜタバコでこれだけ多くの人が命を落とすのを防げなかったのか」と歴史家は首をかしげるでしょうね。
ルボー:アメリカのタバコメーカーは、今から25年か30年もすれば破産するでしょう。子供たちにタバコを吸う癖をつけさせなければ、タバコを買う人がなくなってしまうからね。
ゴールドストン:この国には、解決を見いだそうとするのではなく、絶対に譲歩しまいとする、いわば完全主義者みたいな団体が多いんです。彼らの目的はタバコ産業にとどめを刺すこと以外にありません。法律でタバコを禁止することができないなら、法廷で争おうというわけです。
クープ(元公衆衛生局長官):2025年までには5億人がタバコに殺されることになります。それはベトナム戦争が毎日27年間続くのと、またはタイタニック号が27分ごとに27年間沈没し続けるのと同じ勘定になるんです。
ナレーター:イギリスでは毎日300人以上が喫煙が原因の病気で亡くなっています。ショーン・オフリンさんも「余命は長くない」と宣告されました。
オフリン:もうすぐ死ぬんです。運命でしょう。闘ってももうだめなんです。
ナレーター:ショーンさんは最近までブリティッシュアメリカンタバコやRJレイノルズなどを顧客に持つ宣伝会社の制作責任者でした。初めてタバコを吸ったのは13歳のときです。
オフリン:宣伝では、売ろうとしているのはタバコではなくて「ライフスタイル」なんです。イメージですよ。わたしはタバコはもうやめません。でも、もし人生をやり直すことができたらタバコを吸うことはないでしょうね。
不治のガンだと宣告されてからは、「もう、どうにも変えることができない。それならいっそ好きなタバコを楽しもう」と開き直ったんです。
ナレーター:健康に悪いとさんざん警告されるにもかかわらず、イギリスではここ25年で初めてタバコの売れ行きが上がっています。15歳の少女の三人に一人はタバコを吸い、三人に二人は禁煙したくてもできないといいます。
タバコが普及してからちょうど1世紀。たくさんの命や巨額のカネを巻き込むタバコ戦争は、このまま21世紀に持ち込まれそうです。<終了>